2017年3月21日火曜日

オーディオ機器の選択基準

一か八か・・と書きました。これはウソではありません。実際に自分で使うまでは本当のことはわかりませんから。実際に使っても、真価に気付かない場合もありますが・・・。

一応ナイショにせず書くと・・・
選択基準は簡単に言うと、つかみどころのない音に注目することです。これは媒体次第で音が変化するので、その機器の癖がつかみにくいということです。

簡単な実験として、You Tubeの動画を活用します。
例えば、PCMレコーダーの癖(内臓マイク)を聴きとる場合、特定の機種を検索すると数多くの動画が出てきますので、それらを聴き比べることでPCMレコーダー(内臓マイク)の固有の癖が聴きとれると思います。傾向と言ってもいいですかね。ちょっと表現に悩みますが・・・というのも、そもそも動画を再生する機器の癖が加味される場合も考えられるからです。

それでもこの方法で、機器の癖の強弱を確かめることが、ある程度は可能です。ここで気を付けたいのは、自分にとってのイイ音が判断基準になりすぎないことです!美音化された音にも細心の注意が必要です!
動画によっては音をいじっている場合もありますので、それは比較材料から外しますが、その判断は物によっては難しいかもしれません。まぁ、動画を数多くざっくばらんに聴いていけば傾向がわかってきますので、大丈夫かと思います。

例に挙げた”癖”というのは一つの要素でしかないので、もっと多方面からの検証が必要なことは言うまでもありませんが、購入に踏み切る場合は、それら要素の予想した判断が正しいのかどうか、一か八かです!

2017年3月20日月曜日

決め手は道具

私が録音に関しては無知であることを書きました。それでも自分の耳で聴いた音を、かなりの高い精度で録音しています。検証方法も検証しながら、収録データの確認を慎重に繰り返し行いました。徹音さんにも手伝っていただきました(感謝)。
その結果、この方向で間違いないという結論を出しています。

この過程で大切なことは、耳(脳)もさることながら、やはり機器類です。
機器類の固有の癖はゼロにはできませんが、少なくとも、何を聴いてもその機器の色に染まるような物は使っていません(強いて言えばLS-20Mが・・・)。ここがまず重要なんです(意図的な音作りの場合は別ですよ)。
機器類の選択ミスが全てを狂わせてしまうことは、理屈では分かっていますから、かなり吟味しました。

ド素人の私が自分の耳で聴いたように録音ができるのは、ほとんど機器類のおかげなんです。

よく分からないのは、なぜこの私がその機器類を正しく選択できたのか?ということです。

いったいどのようは判断基準で選んだのか?それはナイショです(ほとんど一か八かのカン)。

2017年3月19日日曜日

録音に関しての知識が乏しい

録音に関しては、”自分の耳で聴いたように録る”ことだけを目標にしていますから、そもそも専門用語も知らなければ、基本知識もほとんどない状態で、只々実践あるのみでやってきました。ですから、録音時にどういうことに気を使えばいいのかさえ、実はさっぱりなんです。

私にとっては”自分の耳で聴いたように録る”以外の表現は不要とさえ思っています。しかし、漠然過ぎるかなとちょっとだけ感じたので、今までの経験上の私なりの言葉で言い換えると、『客席で聴いた楽器の音色、演奏のダイナミズム、会場の空気感を録りたい』と、やや細かく(大まか?)分けて表現できるかもしれません。いや実はこんなことでさえ的確な表現であるかどうか分からないほど知識が乏しいのです。

いずれにしても我流の結果オーライだけでは限界があるので、勉強が必要ですね。

論と証拠

生録音を通してオーディオを一からやり直してきました。

まだまだ分からないことや疑問に思うことがあったり、生録音の腕もプロ並みとはいかず未熟ではありますが、”この方向で間違いない。あとはそれぞれの精度を上げて進んでいくだけ!”
検証に検証を重ね、もはや説得力を持った異論反論や否定の材料を、自分の思考と経験の範囲では見つけ出すことができない所まで来た感があります。

”やっとここまで、そして更に先がある”が現実なわけですが、オーディオに対する考え方、その音に対する正当性を証明するに充分な証拠は揃えることができたのではないかと思います。そこはやはり機器類の力なしには辿り着けなかったわけですが、とりわけPCに関しては、市販品では到底無理だったと確信しています(ぶっちゃけ、録ったはいいけど、どう検証すればいいのか分かりませんでしたからね)。

結局、正しさを追求することで、自作SP派としての自分、オーディオマニアとしての自分を追い詰めることになりましたが、受け入れがたい真実を飲み込む勇気があったのか、バカ素直だったのか、とにかく媒体の音に対しての考え方や聴き方の理解が深まったことには違いありません。

今後も正しい音と嗜好の音の2本立てで、オーディオを楽しむつもりですが、どちらにウエイトを置くかは、気の向くままです。

2017年3月17日金曜日

記憶と記録の一致

生録音で大切なことは、耳で聴いたように正確に記録することです。その録音物を聴いたとき、記憶と一致することが理想のオーディオであり、また使命でもあります。

オーディオは趣味ですから音作りは個人の自由ですが、ここを否定する人はいないはずです。何故なら生の音を否定することになるからです。

媒体の正しい音を拒否することは一向にかまいませんが、正しい音を否定した場合、生の音をも否定することにつながるということを念頭に置くべきです。


2017年3月14日火曜日

生録音の目的と効用

私の場合、以前から話しているように、生録音の目的は、オーディオの音合わせの為ですから、収録された音は、自分の耳で聴いたままの状態がベストとなります。

音楽作品に仕上げるわけではないので、すべての楽器の音が聴こえなくても、それが自分の耳で聴いた通りであれば、それが正確な録音となりますし、演奏の出来栄えも関係ありません。

それでも楽器の素晴らしい音を録りたいという思いは強くありますから、収録場所にはやはり気を使います。

例えば、ピアノの音を録る場合、音は360度から出ているといっても、マイクの設置場所は吟味しますよね。何故かというと360度同じ音で聴こえるわけではないからです。

これは当たり前の話ですが、生録音を通して媒体の本質を理解することができてくるのです。そしてオーディオは媒体の再生行為なのですから、再生の本質を理解するうえでも生録音は役に立つのです。

2017年3月13日月曜日

お金では買えない音源

生録音が上手く行けば行くほどに、SPでの再生音に不満が出てきます。

前にも書きましたが、生音に向かうための再生音の進化は、否定の繰り返しでしか成り立ちません。

自分の耳で聴いた感動的な音を、まるまる録音して、ありのままを再生する。これはつまり原音再生であり、感動との再会を意味し、正しい音は楽しいということです。

このような音源は、決してお金では買えません。このお金では買えない音源は、オーディオを探究する者にとってはとてつもなく貴重宝物です。

皆さんは宝物を手に入れたくはないですか?